東北工業大学
情報通信工学科 中川研究室
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月近傍における同様の周波数帯の現象はこれまでにもExplorer衛星(Ness and Shatten, 1969)やWIND衛星(Farrel et al., 1996)などによって報告されている。 Farrel et al.(1996)は月のウェイクから月半径の2-3倍の距離の夜側の軌道上で観測された1-2[Hz]のULFを月のウェイクに生じた電場で反射された約500[eV]の電子と共鳴したものと推定した。 また、火星探査機「のぞみ」は月の前方月半径の約1.5倍の距離で、ウェイクで反射したと見られる約100[eV]の電子流を観測している(Futaana et al., 2001)。今回の観測はこれらの報告よりはるかに上流においてULF 波を観測したものであり、このULF波の周波数と偏波から月ウェイクのポテンシャルを知ることができたので報告する。 図2に1994年10月25日16:20−17:10の磁場Bz成分のダイナミックスペクトルを示す。これは時間分解能1/16秒の磁場データを1分間ずつフーリエ変換したものである(一部データ欠損のため1分より短い期間でフーリエ変換した)。16:45から15分間にわたり、およそ1.1[Hz]に周波数の上限を持つ波動が観測されている。現象の見え始めでは0.9-1.1[Hz]の周波数帯で波動が強まっているが、時間と共に周波数の下限が次第に下がってゆき、現象の中心時刻である16:52頃には0.3[Hz]までになった。周波数の上限はほぼ 1.1[Hz]のままで変化していなかった。その後周波数の下限は次第に上がって行き、ほぼ最初の状態に戻って消えた。
図3は(a)通常の太陽風中の磁場変動のスペクトルと (b)このULF波動のスペクトルを比較したものである。図3(a)と比べ、図3(b)では1.1[Hz]にはっきりした周波数の上限があることが分かる。周波数の下限は0.3[Hz]付近と見られるが、上限ほどははっきりしていない。
図4に同日18:30-19:10のBz成分のダイナミックスペクトルを示す。18:55から6分間にわたって0.3-1.1[Hz]の周波数帯が強まっている。図2の場合と同様、最初に0.7[Hz]以上だった周波数の下限が0.3[Hz]位まで下がり、18:57から再び上昇に転じている。
このような周波数帯の現象のひとつとしては、地球前面衝撃波に関連したホイッスラー波(Fairfield, 1974)が知られているが、磁力線がGEOTAIL衛星と月の夜側を結ぶ配置となった時にのみ観測されたことから、図2、4で示した現象は月のウェイクに関連したものと考えられる。実際、衛星はこの前後数日間にわたり衝撃波の前面にあったが(図1参照)、このような波動が見られたのはこの10月25日だけであった。 この日のGEOTAIL衛星と月の位置関係と、現象が見られた時刻の磁力線を 図5に示す。衛星の位置は月を中心とし太陽方向をx軸とした黄道座標で描いてある。図5に示された磁力線は、GEOTAILで観測された磁場ベクトル(3秒平均値)を、月のウェイクに達するまで延長したものである。月のウェイクは、月から太陽風に沿って月の反対側に伸びた円筒でモデル化した。円筒の半径は月の半径と同じ、円筒の長さは月半径の40倍とした。ULF波動の観測された期間の太陽風磁場の平均値は16:45-17:00で(-5.8,1.8,0.7)[nT]、18:55-19:00で(-6.0,2.6,0.4)[nT]であり、衛星と月のウェイクは磁力線によってつながれていた。よって、この磁力線に沿ってホイッスラー波が時上流側へ伝搬しGEOTAILで検出されたものと考えられる。
しかしながら、磁力線がつながっていることだけがULF波の検出の条件とは言えない。この日の太陽風および太陽風磁場は非常に安定しており、衛星とウェイクは12:00-24:00にかけてずっと磁力線によってつながれていたが、ULFが検出されたのは15分以内のごく限られた期間だけであった。この理由については後述する。 磁力線に平行に伝搬する波であれば、横波であることが期待されるが、 図6 に示した波形からわかるとおり、磁場強度の変動よりも成分ごと変動の方が強く、横波的な変動であることがわかる。
図7 にULF波の伝搬方向と磁力線の間の角度を示す。伝搬方向は、16[Hz]の磁場データ1分ごとに最小変化法(minimum variance analysis)を適用して求めた。波の伝搬方向はおおよそ磁力線の10度以内であり、ほぼ平衡伝搬に近いことが解る。
このULF波は、GEOTAIL衛星では背景磁場に対し左回りの波として観測された。 図8 に磁場のホドグラムの一例を示す。背景の磁場は紙面の裏から表に向かう方向である。左回り(電子の回転と逆周り)のきれいな円偏波が観測されている。ULF波の観測されていた間中、この回転方向は変わらなかった。
このようなULF波が月のウェイクよりも上流で観測されるためには、500[km/s]を越える太陽風を遡れる群速度を持った波でなければならない。そのような波として考えられるのがホイッスラー波である。ホイッスラー波の偏波は背景磁場に対して右回りであるが、低い周波数帯では、太陽風速よりも大きな群速度と太陽風速よりも小さな位相速度を持つため、媒質である太陽風に対して相対的に運動しているGEOTAIL衛星から見ると、ドップラー効果のために回転方向が逆周りに見えるということが起こりうる。
ウェイクより上流において、左回りに見える波が観測されるかどうかをさまざまなω、kについてまとめた結果を表1に示す。太陽風媒質中での各周波数をω、波数ベクトルをk、太陽風速度ベクトルをVswとすると、媒質に対する衛星の相対速度は(-Vsw)であるから、観測される見かけの周波数ωobsは 一方、元々左回りの波が太陽風中を伝搬していると仮定すると、左回りの波として検出され得るのは反太陽方向のkを持つ場合に限られる。太陽向きのkを持つ場合は、位相速度が大きければ回転方向は変化しないものの、ωobs<ωであるため、媒質中のωは観測された1.1[Hz]よりも大きかったはずである。ωobsだけでもすでに現象が観測された時のイオンサイクロトロン周波数0.1[Hz]の10倍程度であるので、”イオンサイクロトロン周波数と電子サイクロトロン周波数の間の帯域には左回りの波は存在し得ない”というプラズマ波動理論によりこの可能性は棄却される。
表1 GEOTAILから見て左回りに観測される波
太陽風中を磁力線に沿って太陽方向に伝搬している波が電子とサイクロトロン共鳴するためには、粒子から見た電場が、粒子のサイクロトロン運動と同じ向きに回転する必要がある。月のウェイクで反射されて太陽方向に速度Vbで進む電子から見ると、速度Vswの太陽風中を進む波の見かけの角周波数はω-|kVsw|-|kVb|となるが、GEOTAIL衛星で見た角周波数ωobs= ω-|kVsw|がすでに負になって極性反転していることから解るとおり、電子から見た波の回転は左回り(電子と逆)となってしまうのでサイクロトロン共鳴を起こすことができない(表2)。 電子流が反太陽方向に流れていれば、この電子から見て、速度Vswの太陽風中を進む波の見かけの角周波数はω-|kVsw|+|kVb|となり、これが電子サイクロトロン角周波数Ωeの整数倍になればサイクロトロン共鳴を起こすことができる。電子の速度が太陽風速と波の位相速度の差よりも大きければ良いので、これは十分可能である。
表2 波と電子との共鳴条件
しかしながら、ウェイク境界の電場で反射された電子が反太陽方向に流れるということがあるだろうか。これに対する答えが 図9である。太陽方向から流れてきた電子のうち、ウェイク境界の電位差を超えるだけのエネルギーを持たない成分は反射されるが、ウェイク境界の電位差より大きな運動エネルギーをもった電子はウェイクの壁を通り抜けることができる。よってウェイク境界の下流の電子の速度分布は、ウェイク境界の電位差のエネルギーよりも上側が盛り上がった形に変形される。このようなスペクトルの電子はサイクロトロン共鳴を通じて波にエネルギーを渡しやすいと考えられる。つまり、反射電子そのものではなく、反射されずにウェイクというフィルターを通過できた電子がホイッスラー波と共鳴したと考えられる。実際、Farrell et al.(1996)の解析した現象においても、波と共鳴した粒子のエネルギーは0.5-1.5[keV]と推定されているのに対し、同時に行われていた粒子観測では、それよりも低いエネルギーの反射電子が観測されたのである。
一方、元々左回りの波を仮定した場合、観測された偏波を説明するには、太陽風に対する波の伝搬方向は反太陽向きでなければならないので、太陽方向に速度Vbで進む粒子からみた見かけの周波数は 図10にホイッスラー波の分散曲線を示す。GEOTAIL衛星から見て偏波が反転して見えるためには、位相速度が太陽風速より遅くなければならないので、図10中、上の点線ω= |k| |Vsw| cosθks (ただしθksは波数ベクトルkと太陽風速Vswのなす角度) よりも下の領域の波が観測されたはずである。これよりも周波数の高い波であれば、衛星から見ても右回りとなる。
一方、GEOTAILよりも下流で励起された波がGEOTAILに到達するためには、太陽風を遡れるだけの大きな群速度Vgを持たなければならない。図10の下の点線は、分散曲線の接線のうち、波が太陽風を遡れる条件 Vgcosθks>Vsw を満たすことのできる限界を示す。これよりも接線の傾きが大きくなる高周波側の波だけが上流に伝搬して衛星に達する。
図10で、点(ω,k)=(Ωe,0)を通り傾きが負の直線は、波と速度Vbの粒子とのサイクロトロン共鳴を表す式 図11に 1994年10月25日16:45-17:00のプラズマ周波数18[kHz]、電子サイクロトロン周波数174[Hz]を用いて描いた、平行伝搬のホイッスラー波の分散曲線を示す。この時の太陽風の速度べクトルは(-501, 25, 6) [km/s]、波の伝搬方向は(0.92,-0.35,-0.13)でθksはおよそ20度、|Vsw|/cosθks=534[km/s]となる。図11より、群速度が534[km/s]となる周波数ωは000.82Ωe、波数k=9.4Ωe/cである。これが衛星と太陽風の速度差によってドップラーシフトし、GEOTAIL衛星で検出可能な周波数の上限となる。得られたk,ωをωobs=ω-|kVsw|に代入すると1.1[Hz]となり、GEOTAILで観測された周波数の上限とぴたりと一致する。
一方、観測された周波数の下限から、共鳴粒子のエネルギーの下限を求めることができる。ドップラー効果を表す式 この値はULF波の見えた期間の中頃の値で、その前後では観測周波数の下限はもっと高い。現象の見え始めと終了間際では周波数の下限と上限がほとんど同じ値となっている。つまり、現象の見え始めと終了間際におけるウェイクのポテンシャル差は、ω=0.0082Ωeより、2.5[kV]程度だったことがわかる。 図2,4において周波数の下限が上限と等しくなるように現象が消えていくことは、それ以降はウェイク境界のポテンシャル差はさらに大きくなっていることを暗示する。それゆえウェイクを通り抜けられる電子の最低のエネルギーはさらに高く、それらと共鳴できる波の周波数はさらに低くなり(図10,11参照)、そこでの群速度が太陽風速より遅いため上流のGEOTAIL衛星で検出できなくなるのであろう。 このことから、ウェイク境界のポテンシャル差は通常は2.5[kV]以上あり、GEOTAILの検出したULF波は、ウェイク境界のポテンシャル差が一部0.96[keV]程度まで弱くなっている箇所に相当するといえる( 図12)。これが、磁力線がずっと衛星とウェイクをつないでにもかかわらずULF波が間欠的にしか観測されなかった理由と考えられる。
謝辞 GEOTAILの16Hz磁場データの使用に当たっては國分征先生はじめGEOTAIL/MGFチームの方々、及び長井嗣信先生にお世話になりました。1994年10月25日のプラズマ周波数は松本紘先生を始めとするGEOTAIL/PWIチームの観測されたPWI 24Hour Plotsより読み取りました。取り扱いについてご教示下さった小嶋浩嗣先生にも御礼申し上げます。
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