東北工業大学
情報通信工学科 中川研究室
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図2に1994年10月25日16:20-17:10にGEOTAIL衛星によって観測された磁場Bz成分のダイナミックスペクトルを示す。時間分解能1/16秒の磁場データを1分間ずつフーリエ変換したもので, 16:45から15分間にわたり、およそ1.1 [Hz]に周波数の上限を持つ波動が観測されている。同様の現象が同日18:55から19:02分の7分間にも観測されている。いずれもGEOTAIL衛星では磁場に対し左回りの波として観測され、磁力線にほぼ平行に伝搬していた。この波は、太陽風より僅かに速い群速度で太陽風を遡るホイッスラー波であった。ホイッスラー波の偏波は背景磁場に対して右回りであるが、低い周波数帯では、太陽風速より僅かに遅い位相速度の為に、媒質である太陽風に対し相対的に動いているGEOTAIL衛星から見ると、ドップラー効果のために回転方向が逆周りに見えたのである。このようなホイッスラー波としては、地球前面衝撃波に起源をもつ現象 (Fairfield, 1974)が知られており、実際、この数日間も衛星は衝撃波の前面にあったが、図1に見えるとおり、磁力線がGEOTAIL衛星と月の夜側を結ぶ配置となったこの10月25日にのみこのようなULF波観測されたことから、この現象は月のウェイクに関連したものと考えられる。
図3に1994年10月25日16:45-17:00のプラズマ周波数18[kHz]、電子サイクロトロン周波数174[Hz]を用いて描いた平行伝搬ホイッスラー波の分散曲線を示す。この時の太陽風の速度べクトルは(-501, 25, 6) [km/s]、波の伝搬方向は(0.92,-0.35,-0.13)、 波数ベクトルkと太陽風速Vswのなす角θksはおよそ20度であった。GEOTAIL衛星から見て偏波が反転して見えるためには、位相速度が太陽風速より遅くなければならないので、図3中、上側の点線ω= |k| |Vsw| cosθks よりも下の領域の波が観測されたはずである。これよりも周波数の高い波であれば、衛星から見ても右回りとなる。
また、GEOTAILよりも下流で励起された波がGEOTAILに到達するためには、太陽風を遡れるだけの大きな群速度Vgを持たなければならない。図3の下側の点線は、分散曲線の接線のうち、波が太陽風を遡る条件Vgcosθks>Vsw を満たすことのできる限界を示す。これよりも接線の傾きが大きくなる高周波側の波だけが上流に伝搬して衛星に達する。図3より、群速度Vg > Vsw/cosθksとなる周波数の下限は000.82Ωe、波数 k = 9.4Ωe/cが得られる。これを衛星と太陽風の速度差によるドップラー効果を表す式ωobs=ω-|kVsw|に代入すると-1.1[Hz]となり、GEOTAILで観測された周波数の上限1.1[Hz]と一致する。 ではこのホイッスラー波を励起したのはどのような粒子だろうか。月のウェイク境界の電場で反射された電子(Futaana et al., 2001)がまず考えられるが、これではホイッスラー波との共鳴はできない。サイクロトロン共鳴するためには、電子から見た電場が、電子のサイクロトロン運動と同じ向きに回転する必要がある。太陽方向に速度Vbで進む反射電子から見ると、速度Vswの太陽風中を進む波の見かけの角周波数はω-|kVsw|-|kVb|となるが、ω-|kVsw|がすでに負なので、さらに|kVb|を差し引くと共鳴条件ω- | kVsw| - | kVb| = nΩe の右辺のnは負となってしまう。つまり反射電子から見た波の回転は左回り(電子と逆)となってしまいサイクロトロン共鳴を起すことができない。 逆に、電子流が反太陽方向に流れていれば、この電子から見て、速度Vswの太陽風中を進む波の見かけの角周波数はω-|kVsw|+|kVb|となり、これが電子サイクロトロン角周波数Ωeの整数倍ω- |kVsw| +|kVb| = nΩe になればサイクロトロン共鳴を起すことができる。ビーム速度は太陽風速と位相速度の差を超えれば良いのでこれは容易に達せられる。以上により、ホイッスラー波を励起したのは反射電子ではなく、ウェイク境界の電位差より大きな運動エネルギーをもって境界を透過した電子ではないかと考えられる ( 図4)。
共鳴電子のエネルギーは観測周波数から推定できる。 図3で負の傾きを持つ一点鎖線は、電子と波のサイクロトロン共鳴ω- | kVsw| - | kVb| = Ωeを表す。エネルギーの高い電子は低周波側で、エネルギーの低い電子は高周波側でホイッスラー波の分散曲線と交わり、サイクロトロン共鳴する。観測された周波数の下限ωobs =0.3[Hz]を用いてホイッスラー波の分散曲線上の最高周波数を求めるとω=0.023Ωe (k=15.7Ωe/c) となり、この周波数で共鳴する電子のエネルギーを計算すると0.96[keV]となった。これがウェイクのポテンシャルの障壁を通過して波と共鳴できる電子の最低のエネルギーである。ウェイク境界のポテンシャル差もおおよそ同程度と推定される。 ウェイク境界を通過できた電子が、磁力線に並行に伝搬するホイッスラー波を励起するためには、共鳴条件を満たすだけでなく、十分大きな「磁力線に垂直な速度成分」を持っている必要がある。共鳴電子は、波の系から見て等エネルギー軌道に沿って動くが、磁力線に平行な速度からスタートすると(図5(a))、粒子の系から見た時エネルギーが増えてしまい、波を励起することが出来ない。波にエネルギーを渡すためには、十分大きな「磁力線に垂直な速度成分」のある位置からスタートする(図5(b))必要がある。ウェイク境界を通過した電子の起源は、太陽風電子のうちstrahl成分と呼ばれる2keV程度の電子流で、これは磁力線に沿って流れているため、このままでは波にエネルギーを渡すことは期待できない。よって、ウェイク境界におけるピッチ角散乱過程が必要となる (Nakagawa and Iizima, 2005)。
そこで本研究では、月ウェイク境界の電場構造を 図6のようにモデル化し、磁力線に沿って入射したテスト粒子の軌道を追跡することによって、そこを通過する電子ビームがピッチ角散乱を受けることを確かめた。ウェイク境界の電子とイオンの熱速度のために電子が過剰な領域ができ、そのためにウェイク内の電位が下がり、境界面に内向きの電場が生じている。磁力線は、GEOTAIL観測と同様、ウェイク境界面に対し20度で交差させてある。
図7に電子軌道の追跡例を示す。この例では、初速度は磁力線に平行であったが、電場層に入ると、磁力線に垂直な電場成分の存在により、磁力線に垂直な速度成分v⊥を獲得し電場ドリフトを伴ったサイクロトロン運動を始める。それと同時に、磁力線に平行な電場成分のため、v//は減速を受ける。v⊥はドリフト速度の2倍まで大きくなりうるが、電場層の厚さが有限なため、最初の層から出る時に持っていたv⊥に応じて、次の新たな電場層のガイディングセンターの周りでサイクロトロン運動する。最終的に電場層を通り抜けた時にはv⊥がv//と同じくらいになり、充分なピッチ角散乱を受けたことがわかる。
図8は さまざまなエネルギーとピッチ角で入射した電子、および電場層で反射された電子、電場層を通過した電子の速度分布である。ウェイク境界の電位差を越えるだけの運動エネルギーを持っていない電子は反射され、それ以上のエネルギーを持つものだけが透過している。透過電子は、電位差分の位置エネルギーに相当する運動エネルギーを失っているだけでなく、磁力線垂直な速度成分を獲得し、入射時に磁力線方向の10度以内だったピッチ角が、60度程度まで広がっていることがわかる。
図7、 図8 よりわかるとおり、電場層を通過後の電子のv⊥はドリフト速度uD= E/B (Eは電場、Bは磁場強度)の2倍ないし3倍程度となった。有効なピッチ角散乱が起こっていれば v⊥〜 v//であり、 GEOTAILで観測された波の周波数より v//=0.062c ( 0.96[keV] )と考えられるので、ドリフト速度uDは0.02c-0.03cと推定される。磁場強度B=6[nT]を代入すれば電場強度Eはおよそ40-60[mV/m]となる。ウェイク境界における電位差Δφが v//のエネルギーと同程度(1[kV])と考えると、E=Δφ/d より、電場層の厚さdは25-17kmと推定される。ウェイク境界の電場層は電子とイオンの熱速度の差で形成されるため、月から後方に離れるにつれ厚さが増すと考えられるが、25ないし17kmという厚さは非常に薄く、太陽風から見て側方の、ほとんど月表面上にある電場層ということになる。Lunar Prospectorの粒子観測に基づくポテンシャルの調査(Halekas et al., 2005)ではこれほど薄くて強い電場層は報告されていないが、観測高度が20km以上であったために検出されなかった可能性も考えられる。
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