東北工業大学
情報通信工学科 中川研究室
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図2に電子軌道の追跡例を示す。この例では,初速度は磁力線に平行であったが,電場層に入ると,磁力線に垂直な電場成分の存在により,磁力線に垂直な速度成分v⊥を獲得し電場ドリフトを伴ったサイクロトロン運動を始める。それと同時に,磁力線に平行な電場成分のため,v//は減速を受ける。v⊥はドリフト速度の2倍まで大きくなりうるが,電場層の厚さが有限なため,最初の層から出る時に持っていたv⊥に応じて,次の新たな電場層のガイディングセンターの周りでサイクロトロン運動する。最終的に電場層を通り抜けた時にはv⊥がv//と同じくらいになり,充分なピッチ角散乱を受けたことがわかる。 図2と同様の追跡をさまざまなエネルギーとピッチ角で入射した電子について行った結果を図3に示す。左より,入射電子,電場層で反射された電子,そして電場層を通過した電子の速度分布である。ウェイク境界の電位差を越えるだけの運動エネルギーを持っていない電子は反射され,それ以上のエネルギーを持つものだけが透過している。透過電子は,電位差分の位置エネルギーに相当する運動エネルギーを失っているだけでなく,磁力線垂直な速度成分を獲得し,入射時に磁力線方向の10度以内だったピッチ角が,60度程度まで広がっていることがわかる(Nakagawa and Iizima,2006)。 図2,図3よりわかるとおり,電場層を通過後の電子のv⊥はドリフト速度uD= E/B (Eは電場,Bは磁場強度)の2倍ないし3倍程度となった。ピッチ角が十分散乱されているならばv⊥〜 v//と考えられ,GEOTAILで観測された波より v//がわかっているので,ドリフト速度uDは0.02c-0.03cと推定される。磁場強度B=6[nT]を代入すれば電場強度Eはおよそ28-40[mV/m]となる。これはLunar Prospector衛星による電場観測結果よりはるかに強い値である。Lunar Prospector衛星からの粒子観測に基づくポテンシャルの調査では,月の真裏付近で300Vの電位降下が報告されているものの(Halekas et al., 2005),40[mV/m]もの強い電場はウェイク境界では報告されていない。同じ電圧降下300Vで電場強度40[mV/m]となるには,厚さ7.5kmという非常に薄い電場層でなければならない。ウェイク境界の電場層は電子とイオンの熱速度の差で形成されるため,月から後方に離れるにつれ厚さが増すと考えれば,この電場層の位置は,太陽風から見て側方のterminatorと呼ばれる領域からわずか18km下流となってしまう。これほど月に近い位置では,ウェイク境界の電場というよりむしろ月面に付着する電子による電場の寄与のほうが大きいとも考えられる。 ピッチ角の広がったビーム入射により,実際に観測されたようなホイッスラー波が励起されるかどうかを,1次元の電磁粒子コード(Birdsall and Langdon, 1985) を用いたシミュレーションによって実験した。背景の等方的な電子(熱速度は光速cの1.4×10-2倍,約50eVに相当)と冷たいイオンに対し,10%のリングビーム電子(v//〜6.2×10-2c,すなわち約1keVに相当, v⊥= 2v//) を磁力線(x方向)に沿って入射し,波の発生を観察した。数値実験に際しては,時間はプラズマ周波数ωpの逆数,距離はそれに光速cを掛けた値で規格化した。計算領域の長さは102.4c/ωp,グリッド数は1024,粒子数は102400個とした。計算領域の長さは,GEOTAILで観測された波(波長λ= 6.6c/ωp)が10波長以上入るように設定したものである。 図4(a) はΩe/ωp= 10-2 の場合の磁場の横波成分(y成分)の変動を,縦軸を距離x,横軸を時間tとして表示したものである。次第に電場の山が波となって進行していくのがわかるが,進行方向はビームと同方向である。しかしながら,磁場に対して密度を小さくしていくと(Ωe/ωpを大きくしていくと)波の進行方向が変わっていくことがわかった。図4(b) はΩe/ωp= 3×10-2の場合であるが,波の進行が止まり,磁場y成分は波というより構造のように見える。 図4(c) は Ωe/ωp= 5×10-2の場合で,磁場構造がビームとは逆方向に進行していく様子が見える。
(a) しかしながら,図4(c)に現れた波は当初予想したサイクロトロン共鳴で励起されたと考えるには波数,周波数ともに小さすぎることがわかる。図4(c)の磁場変動y成分をそれぞれ,時間,空間の2次元のフーリエ変換をして得たω-k ダイアグラムを図5に示す。曲線はホイッスラー波の分散曲線(但しリングビームを仮定しない場合),右下がりの直線がサイクロトロン共鳴を表す。ホイッスラー波とのサイクロトロン共鳴はこれらの交点に現れると予想されたが,観測された波は波数,周波数とも,これよりずっと小さかった。この理由として,(1) ホイッスラー波の分散曲線を求める際にリングビーム状の電子速度分布を考慮しなかったことがひとつの可能性として考えられるが,(2) 得られた磁場変動が,サイクロトロン共鳴による励起ではなかった,とも考えられる。励起周波数は予想とは異なっていたが,この周波数ω〜0.02Ωeは,実際にGEOTAILで観測されたホイッスラー波の(太陽風に乗った系で見た)周波数2.3×10-2Ωeと近かった。 参考文献 Birdsall , C. K., and A. B. Langdon, Plasma physics via computer simulation, Institute of Physics Publishing, Bristol and Philadelphia, 1985. Fairfield, D. H., Whistler waves observed upstream from collisionless shocks, J. Geophys. Res., 79, pp.1368-1378, 1974. Farrell, W. M., R. J. Fitzenreiter, C. J. Owen, J. B. Byrnes, R. P. Lepping, K. W. Ogilvie, F. Neubauer, Upstream ULF waves and energetic electrons associated with the lunar wake: Detection of precursor activity, Geophys. Res. Lett., 23, pp.1271-1274, 1996. Futaana, Y., S. Machida, T. Saito, A. Matsuoka, and H. Hayakawa, Counterstreaming electrons in the near vicinity of the moon observed by plasma instruments on board NOZOMI, J. Geophys. Res., 106, pp.18729-18740, 2001. Halekas, J.S,S.D.Bale,D.L.Mitchell,and R. P. Lin, Electrons and magnetic fields in the lunar plasma Wake, J. Geophys. Res., 110, A07222, doi10.1029/2004JA010991, 2005. Lin, R. P., D. L. Mitchell, D. W. Curtis, K. A. Anderson, C. W. Carlson, J. McFadden, M. H. Acu~na, L.L. Hood, and A. Binder, Lunar surface magnetic fields and their interaction with the solar wind: Results from Lunar Prospector, Science, 281, pp.1480-1484, 1998. Lyon, E. F., H. S. Bridge, and J. H. Binsack, Explorer 35 plasma measurements in the vicinity of the moon, J. Geophys. Res., 72, pp.6113-6117, 1967. Ness, N. F., and K. H. Shatten, Detection of interplanetary magnetic field fluctuations stimulated by the lunar wake, J. Geophys. Res., 74, pp.6425-6438, 1969. Nakagawa, T., Y. Takahashi, and M. Iizima, GEOTAIL observation of upstream ULF waves associated with lunar wake, Earth Planets Space, 55, pp.569-580, 2003. Nakagawa, T. and M. Iizima, Pitch angle diffusion of electrons at the boundary of the lunar wake, Earth Planets Space, 57, pp.885-894, 2005. Nakagawa, T. and M. Iizima, A reexamination of pitch angle diffusion of electrons at the boundary of the lunar wake, Earth Planets Space, 58, (No. 5), pp. e17-e20, 2006. Ogilvie, K. W., J. T. Steinberg, R. T. Fitzenreiter, C. J. Owen, A. J. Lazarus, W. M. Farrell, and R. B. Torbert, Observation of the lunar plasma wake from the WIND spacecraft on December 27, 1994, Geophys. Res. Lett., 23, pp.1255-1258, 1996. Owen, C. J., R. P. Lepping, K. W. Ogilvie, J. A. Slavin, W. M. Farrell, and J. B. Byrnes, The lunar wake at 6.8 RL:WIND magnetic field observations, Geophys. Res. Lett., 23, pp.1263-1266, 1996. 関連論文(和文) 2003年9月10-11日 ULF波動で知る月のウェイクのポテンシャル 2005年12月12日 月のウェイク境界におけるホイッスラー波の励起 |
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